今日の美術鑑賞

昨日(10月14日)たまたま大学院が休みになったので、会期末が迫っている2つの美術展に行った。1つはサントリー美術館で開催されている「国宝・信貴山縁起絵巻展(〜10月24日)」であり、もう1つはBunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「琳派空間(〜10月24日)」である。これから鑑賞した感想を少し述べたいと思う。

 この二つの美術展には共通する部分と相対する部分がある。まず、共通点から述べてみよう。共通する部分は至宝が展示されていたことである。サントリーの方は国宝、琳派展の方は名高い本阿弥光悦尾形光琳酒井抱一など重文(重要文化財)が展示されていた。
作品に少し踏み込むと、信貴山縁起絵巻信貴山で修行する命蓮に関する逸話について描かれている。私が行った時期はちょうど「尼公の巻」の部分が展示され、「山崎長者の巻」と「延喜加持の巻」の部分は終了していた。この展覧会の情報を早くつかんでいればと残念な気分である。さて、「尼公の巻」は命蓮の姉すなわち尼公が命蓮を訪ねる部分を描いたものである。絵巻物は実際に見てみればわかるが、それ自身が広大な物語を描き、また、スクリーンになっている。展示だから観覧者が動かなければならないが、当時の人々はページをめくりながら物語にふけっていただろうと想像できる。信貴山縁起絵巻が国宝に指定される理由としていくつか指摘できるだろうが、これはあくまで私見であるのでお断りしておく。第1に、当時の生活描写が細かいこと、すなわち、それ自体で歴史的資料であること。第2に、保存状態が非常に良いこと。第3に、描写方法に工夫が見られること。などが挙げられる。

 第1番目の特徴は、現在ではペットとして当たり前になっている犬と猫が史上初めて描かれている部分が存在するということである。現状ではこの信貴山縁起絵巻以前では犬や猫の描写はみられないそうだ。さらに、当時の生活が克明に記され、この絵巻をみるだけで当時の生活状況が容易に想像できることも指摘できる。

 第2の特徴は省略し、次に第3の特徴をみてみよう。まず、これは絵巻物に共通する特徴であるが、場面場面が流れるように描写されていることである。すなわち、絵巻物一巻で映画と同様の効果が得られるということであり、これが絵巻物の最も誇れる特徴である。また、表情豊かな人物像が描かれていることも指摘できる。長者の倉と大きな鉢が空を飛び、命蓮の寺(朝護孫子寺)まで飛ぶ過程の人々の表情はこちらも一緒にその状況にひきこまれる感じがするし、命蓮の法力によって鉢を先頭に米俵が飛んでいくシーンは圧巻である。この絵巻のラストシーンは深い山々の情景が描かれ、物語の余韻を十分に堪能できる構成になっている。

 一方、琳派の方は出典作品はサントリーに遜色がないが、その展示方法に不満が残った。展示品の最初から不満が爆発。電飾がはげしく、生け花が作品の邪魔になっているし、たとえば、本阿弥光悦の作品が置いてあるがその中身が見られない。じっくり鑑賞する環境にないことがこの展覧会の欠点である。屏風や絵の背景の色が強すぎて作品が生かしきれていない。屏風の下部が展示棚の下部に埋まってしまい、詳細がはっきり見えない。こうした一級品をそろえているにもかかわらず、その作品の特徴を生かしきれない展示方法には不満が残り、非常に残念である。

 だが、作品は一級品だけに楽しめた。尾形光琳紅白梅図屏風や蒔絵、酒井抱一の屏風(忘れた)、本阿弥光悦俵屋宗達との合作の色紙帖は非常にすばらしいものだった。展示方法が落ちついて鑑賞できる環境ならもっとよかったのだが。琳派空間のコンセプトが琳派のデザインを現代デザインに取り入れるというものであったようだが、まあ、その意図は理解できるが、うまくいかなかったように思われる。一級品を集めているのだから、鑑賞というものをもう少し配慮してもらえればよかったし、鑑賞する空間を整えて欲しかった。

 まだまた他にも楽しめそうな展覧会があるようなので時間をみていきたいと思う。オルセー美術館展(国立西洋美術館)、芸大美術館所蔵作品展(東京藝術大学大学美術館)、西洋絵画500年の巨匠たち展(安田火災東郷青児美術館)などてんこもり。ああ、時間が欲しい気分である。