祝・男女サッカー五輪出場決定!

3月から4月にかけて、男子も女子も五輪出場を決めた。

男子の最終予選はこのエッセイでも機会があるごとに記してきた。
アウェーで3連戦、すぐさま日本で3連戦。
疲弊しつつもアテネへ行くという強い信念で出場権を勝ち取った。
終戦UAE戦はしびれた。
勝たなければ出場はできない、という苦境の中で、結果は3−0というスコアで勝利をした。
事前に1ヶ月の合宿をはり、入念なスケジュールで調整をしてきた。慎重に入念に対策を練ってきても、UAEラウンドで体調を崩す選手も多くいた。
逆に日本に戻ってきてからUAEラウンドの疲労が出て、メンバーを外れる選手もいた。
UAEラウンドでメンバーからはずれた選手もJリーグ開幕に合わせて調整してきたこともまた出場を決めるのに重要な役割を果たした。
国内で調整を続けていた選手もJリーグ開幕というスケジュールがあったために調整しやすかったのではなかろうか。
U-23世代の総合力が試されたアジア最終予選だった。

最終予選を勝ち抜き、コンディションをJリーグ向けに調整し、Jリーグで結果を出しつつある段階で、ギリシャ遠征が組まれた。
結果というよりも、非常にテストという意味合いが濃い2試合だった。
テストといっても、ピッチ上だけではない。
大会中の事前調査も重要な要素だ。
使用されるであろう競技場、宿泊地、食材、いわば兵站部門の調査が大きいだろう。
一つ一つの経験がメダルへの一歩なのだろう。
最終予選にしても、あれだけ事前準備してもうまくいかないこともある。

また、本大会ではオーバーエイジ枠も使用することができる。
登録メンバーが18人で、バックアップで4人選出することができる。
オーバーエイジ枠は3人あるから、もしこの枠を目一杯使うと、U-23から15人しか枠がなくなる。
最終予選のメンバーが20人だから、ここからさらに5人枠がなくなる。
そういった意味で、これから過酷な競争がまっている。その第1弾がギリシャ遠征ということになる。

女子日本代表。
こちらは日本を舞台とした集中開催。
事務側の努力が実ったのだろう、日本は2試合、北朝鮮は3試合が準決勝戦までの試合数。
しかも日本は東京のみで、北朝鮮は準決勝戦前が広島。
行程が日本有利に働き、北朝鮮にとってみれば、アウェーの洗礼を受けた格好。
北朝鮮を目標に選手のコンディションも行程からも調整が施された。
残るはピッチ上での決着を待つという形でアジア予選が始まった。

アジア予選ではじめて女子代表のゲームがテレビ中継された。
自分自身も女子サッカーを見る機会がなく、このチャンスがなければ見ていないかもしれなかった。
テレビに映された女子日本代表は、アテネに行く、という強い意志がみてとれた。
勝負ごとには男女もなく、ピッチで駆け回る選手たちの姿にはこころゆさぶられた。
なんというか、しびれる試合がそこにはあった。
男子の最終予選にも、古くはジョホールバルも、そうだった。

厳しい闘いを乗り越え、アテネへの切符をもぎとった選手たちにはおめでとうと言いたい。
この苦闘はアテネの本番でも生かされるはずだ。
こう、書き連ねてくると、残り3ヶ月が長く感じる。
アテネで熱く、しびれる試合を見たい。