読後感:金子達仁『熱病フットボール』

この著書には、サッカーが中毒化する過程がよく描かれている。いわば、著者のサッカーに関するカルテであろう。また、サッカーの醍醐味がワールドカップの地区予選、とくにプレーオフにある、ことを証明した作品でもある。
 
現在、ワールドカップの本大会に出場できる国・地域は32ヶ国となっている。この議席を争う地域はヨーロッパ、南米、北中米、アジア、アフリカ、オセアニアの6つ。各地域の議席は、ヨーロッパが15〜16、南米・アフリカが5、北中米が3、アジアが2〜3、最後の1議席オセアニアがどこかの地域とプレーオフとなっている。今回のワールドカップは、日韓共催(分催?)で開催国枠が2つであるから、アジアは予選で2、プレーオフでもぎとれれば1加わる。オセアニアは南米5位との戦いとなった。
 
この著書では、ヨーロッパ代表のアイルランドとアジア代表のイラン、南米5位のウルグアイオセアニア代表のオーストラリア、によるプレーオフのホーム&アウェイの2試合を追ったものである。
 
イランとオーストラリアはワールドカップ予選プレーオフの常連になりつつある。オセアニアには1議席与えられていないので、オセアニアチャンピオンのオーストラリアが常連になるのは仕方ないとして、イランはどうか。今回、イランがプレーオフに回ったのは残念でしかたがない。最終節で勝利さえあげれば決定だったのに、ホームで負けてしまう。アジア最終予選の組み分けにも恵まれなかった。A組は中東の強国が固まり、B組では中国1強のグループが形成された。予想どおり、B組は中国が出場権を獲得し、A組はイラン・サウジアラビアの争いとなった。A組は最終節まで首位だったイランが最終節で負けたため、サウジアラビアが逆転で出場権を獲得する。イランはアジア第3代表となり、ヨーロッパ予選でプレーオフに回ったアイルランドと対戦することとなった。その戦いについては、本書が十分に説明してくれるだろう。
 
本書を読むと、あらためて予選の重要性を感じてならない。予選には、ワールドカップ本選への出場権を獲得するという至上命題があるわけだが、それだけでなく、出場チームのサッカーが成長することは間違いない事実であろう。フランス大会の予選での日本然り。ジョホールバルでのVゴールは連綿と続いてきた日本サッカーの結晶といっても過言ではあるまい。あれほどの精神力を得たのも、厳しい予選のなかで身につけたものであろう。
 
また、地域予選にはドラマがつきものである。2002年のワールドカップにオランダがいないことなど誰が予想できたであろうか。ブラジルがあれほど苦戦するとは考えられただろうか。イングランドがホームでドイツに破れ、逆にアウェイでオーエンのハットトリックを含む圧勝劇を演じるとは・・・。予選中に監督がころころ変わり、それでも選手のポテンシャルで勝ち抜くアフリカ予選。まさに、筋書きのないドラマである。
 
先日、朝日新聞の投書で、サッカーのここが嫌い、という特集がくまれた。その批判的なコメントのなかには、試合のスピードについていけないという老年の方の意見もあり、夫と子供が熱中し、テレビを占拠されると嘆く妻、などの意見もみられた。おそらく、老年の方の意見は、野球とサッカーの時間の違いが現れたものであろう。野球はビールをのんびりと飲みながらみられるだけの時間的余裕があるが、サッカーは展開がめまぐるしく変わるため、集中しなければならない、という時間感覚があるだろう。日本のプロ野球の先には世界が見えないが、サッカーは実にワールドワイドである。たとえば、Jリーグをみていれば、その先には日本代表があり、ワールドカップがある。日本代表の試合があれば、それはワールドカップのためのゲームとなってくる。ワールドカップに出場するためには、アジアの地域予選を勝ち抜かなければならない。幸運にもワールドカップに出場できたら、世界の強国と戦うことになる。この連綿とした流れが4年間くりひろげられ、また次の4年につながる。そう、サッカーは時代の最先端をいくグローバルな戦いなのだ。だから、サッカーを見れば見るほど、世界を知ることになる。それゆえ、サッカー中毒、サッカーという熱病にかかる人々も増える。著者は、この病気に罹った人であり、その症状を記したカルテがこの著書なのである。