読後感:谷岡一郎『「社会調査」のウソ』

ゴミ。もちろん環境問題のゴミではない。見方を変えれば、そうなるかもしれない。著者は世間で利用され、作られているほとんどの社会調査は「ゴミ」であると断言する。
私自身、著者といささかの関係があった(まあ、たいした事はない。授業を履修し、現在の私に少なからず影響を与えた先生である。書棚のコーナーにある『カジノゲーム入門事典』は著者から頂いたものである。)からとはいえ、この著書は社会科学を学ぶ上で必要な文献になることは間違いないだろう。

社会調査とはデータを得たい人の意向が大きく出、その意向に沿った結果が出てしまうことが多い。もちろん、意図的にである。また、結果を解釈する際にも、同様のことが行われる。この著書では典型的な例をあげて、どこが問題なのか、を分析している。そういった調査が氾濫しているがゆえに、我々にもその調査を評価する能力を身につける必要性を説いている。最近いわれるようになった「リテラシー」がそれである。

皆さんは新聞の意見の傾向があることはご存知であろう。まさにこれが解釈に反映される。個人で一般4紙(朝日、読売、毎日、産経)を購読するのは難しいので、図書館とかでご覧いただければよいでしょう。

もちろん、データの解釈だけではない。調査方法にも目を配らなければならない。母集団がどのようであるのか、データ抽出方法などである。母集団が特定の意見の人々であれば、その傾向がデータに反映される。また、年齢層や性別、社会的地位、収入によっても考え方がことなる場合が多いので、まんべんなく各層からデータを抽出する必要がある。データ自体は客観的な数字であるが、その数字がどのようにして作られたかどうかがポイントである。

この著書は社会に氾濫しているデータをどのようにみるのか、という入門書である。たとえ、社会科学に興味がなくても、知識がなくても、十分耐えうる著書である。ぜひお勧めしたい。